カルドーソ:PUMASにとっての悪夢
メキシコリーグの各チームディフェンス陣にとって悩みの種であり、PUMASにとっても例外ではなかった、1人のパラグアイ人アタッカーがいた。FWホセ・サトゥルニーニョ・カルドーソは、トルーカと共に20試合にわたってPUMASと対峙した。1995年のシーズン半ばにメキシコへ来てから2005年後期シーズンで別れを告げるまで、PUMASに対して真紅(トルーカのユニフォーム色)の覇権を維持するために計15ゴール(12試合のうち3試合は複数ゴール)をマークした。
そのエピソードとして、2000年夏のオリンピックスタジアムにおける6対3の敗戦、2003年後期シーズン・リギージャ(決勝トーナメント)準決勝で敗退させられた、“ボンボネーラ(エスタディオ・ネメシオ・ディエスの旧名)”における痛々しい5対1。これらのゴールは、メキシコサッカーリーグの得点王・歴代第4位という伝説を奉献することとなった。
オリンピックスタジアムにおける彼との別れは、特別な思い出となった。そのハイライトは2005年後期シーズンに対戦した試合で、ほぼ1対1の引き分けに終わろうとしていたロスタイムにナリオ・メンデスのパスを受けた『巨大な悪魔(トルーカの別チーム名は赤い悪魔)』はPUMASのキーパー、セルヒオ・ベルナルが守っていたゴールを突き刺し、メサ監督率いるチームに勝利をもたらした。その日は今は亡き作家のガブリエル·ガルシア·マルケスが、オリンピックスタジアムの貴賓席に特別ゲストとして招かれていた。
このパラグアイ人がPUMASにとって天敵であったことが明らかなのは、かの時代トルーカの名選手として君臨し監督(ケレタロとトルーカ)となって今なお全28試合中16勝4敗8分けによる66%の勝率を記録していることからも明らかである。
前シーズン、オリンピックスタジアムにおいて3対2(イスマエル・ソーサによる2得点とヘラルド・アルコバの得点)で勝利するまで、このパラグアイの貴公子はベンチから対PUMAS戦の無敗(4勝3分け)を維持していた。
今週日曜日にエスタディオ・ネメシオ・ディエスでトルーカと対戦するにあたり、この最後の対決結果を考慮すると少し心強いパノラマと言える。