Pumas de la UNAM

メキシコサッカー1部リーグのクラブ・ウニベルシダ・ナシオナルを応援している日本人の備忘録

ミゲル・メヒア・バロン

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ミゲル・フランシスコ・メヒア・バロン

1944年9月6日生まれ(77歳)。選手時代(1964年~1976年)は全てのキャリアを通して、PUMASでセンターバックとしてプレー。

 

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1988年から監督としてのキャリアをPUMASでスタート、メキシコサッカー1部リーグの1990年~1991年シーズンにレギュラーシーズンを首位(25勝8敗5分け)として勝ち点55をマーク(計67得点は、リーグ9度目の最多得点。得点王は、ルイス・ガルシアの26得点)。リーグ優勝決定戦で最大のライバルであったクラブ・アメリカを1stレグ(アステカ・スタジアム)で3-2(得点者は、ルイス・ガルシアとダビッド・パティーニョ)。2ndレグ(オリンピック・スタジアム)で1-0と計3-3(得点者は、リカルド・フェレッティ)でアウェーゴール差によって倒し、クラブ3度目のリーグ優勝を飾る

 

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1993年にはCFモンテレイの監督を経て、メキシコ代表監督に就任。同年メキシコとして初めてコパ・アメリカ(エクアドル大会)へ出場、決勝戦において対アルゼンチン代表と2-1で敗れ、惜しくも準優勝。同年北中米カリブ海地域(CONCACAF)のゴールドカップ(メキシコ・アメリカ共同開催)へ出場、アステカ・スタジアムで行われた決勝戦において対米国代表と4-0で勝利して、優勝。

翌年北中米カリブ海地域(CONCACAF)の代表として、FIFAワールドカップ(米国大会)へ出場、準優勝したイタリアと同組のグループEを全てのチームが1勝1敗1分けで並ぶ中、得失点差で決勝トーナメントへ1位通過。しかしながら決勝トーナメント1回戦の対ブルガリア戦で、1-1のドロー(PK戦で1-3)と敗れた。

1996年以降はアトランテFCやUNALティグレス、プエブラFCらの監督を務め、2001年に再びPUMASの監督を経て、キャリアを終えた。

 

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2014年からはUNALティグレスにおいてリカルド・フェレッティ監督の助監督として、2015年コパ・リベルタドーレス(南米サッカー連盟=COMEBOLが主催する、クラブチームによるサッカーの大陸選手権大会)で準優勝、2015年前期ステージ・2016年前期ステージ・2017年前期ステージ・2019年後期ステージと4度のリーグ優勝。加えて2020年には、FIFAクラブワールドカップにおいて決勝戦で対バイエルン・ミュンヘン戦(1-0)と惜しくも準優勝という輝かしい黄金時代を築く。

2021年にPUMASのスポーツ副社長に就任、現在に至る。

 

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というわけで、自分が初めてメキシコへ来てメキシコサッカー1部リーグを知り、PUMASを応援するようになる前には3度目のリーグ優勝を果たし、その後メキシコ代表監督に就任していました。当時のメキシコ代表は北中米カリブ海地域では無敵の強さを誇り、主にPUMAS下部組織出身選手たち(ホルヘ・カンポス、クラウディオ・スアレス、アルベルト・ガルシア・アスペ、ルイス・ガルシアら)が中心で構成されていました。

その後、自分が2度目にメキシコへ来た際には元PUMASのリカルド・フェレッティ監督とUNALティグレスで常勝軍団を率いて、2015年後期ステージ・リギージャ決勝戦で壮絶な死闘を繰り広げ、最終的にPK戦でPUMASが敗れました。

そして今回、自分にとって3度目のメキシコでPUMASのスポーツ副社長に就任。何か奇妙な縁を感じますが、長年一緒に仕事をしてきたリカルド・フェレッティ監督と袂を分け合い、監督は現在ファレスFCを率いてメヒア・バロンは古巣の復活を託された形になりました。就任早々に、それまで大した結果を残せなかった補強選手:ガブリエル・トーレスを解雇。クラブ在籍選手たちの大掃除という業務をしています。残念ながら今シーズンは、開幕から多くの怪我人を抱えながら不本意な成績を収めていますが、来シーズン開幕からは本来あるべき姿を取り戻してくれるだろうと期待しています。