Pumas de la UNAM

メキシコサッカー1部リーグのクラブ・ウニベルシダ・ナシオナルを応援している日本人の備忘録

PUMAS新監督:ラファエル・プエンテ、公式就任会見

 

PUMASは常に主役でなければならず、それは我々の作業次第だ

 

 

PUMASの新監督としての公式発表の間、目標を達成するためのツールを選手たちに提供することを約束し、チームに優れた原石があることを認めた

 

ラファエル・プエンテ・デル・リオ*1は、ユースアカデミーで行われた記者会見で、レオポルド・シルバ会長とミゲル・メヒア・バロン副社長によって、来シーズンの新監督として紹介された。

 

 

レオポルド・シルバ会長「彼がオファーを受けたことに満足している。我々は提示されたプロジェクトにとても自信を持っている。彼は下部組織からTOPチーズ入りするまで9年間クラブに在籍していたが、どういう訳か彼はホームに戻って来た。クラブの哲学と価値を知っており、ミゲル・メヒア・バロンと共にサポーターにPUMASが主役として非常に競争力のあるチームにすることができるために、必要としている結果をサポーターへ提供出来るだろう。」

 

 

ミゲル・メヒア・バロン副社長「基本的に彼の加入によって、昨シーズン起きたような状況をひっくり返すことが出来ることにとても期待している。皆さんにお知らせしたいのは7名の様々な特徴を持った監督と面接し、このような状況をひっくり返すのに適したラファエル・プエンテに決定するという結論に達したということだ。PUMASは近年比較的若く、後に素晴らしい歴史を作った多くの監督にチャンスを与えてきた。古くはボラ・ミルティノビッチ(1977–1981年)やマリオ・ベラルデ(1983–1987年)、エクトル・サナブリア(1987–1988年)そして自分(1988–1991年)もだ。当時人々は私たちが未熟だと言ったものだが、良い時代もあった。作業をすることで状況をひっくり返すことを願っているが、これはそんなに簡単なものではない。ラファエル・プエンテは比較的若い監督だが、非常にアップデートされていてかつ非常に熱心だ。これは自分自身の義務でもあるが、常にクラブが行うこと全てに対して注意深い偉大なPUMASサポーターへ良い結果を届けられるだろう。」

 

 

ラファエル・プエンテ「彼らが与えてくれたこの千載一遇のチャンスに、非常に感謝している。このメキシコという国で最も重要なクラブの1つを代表することがどういう意味を持つのか?を認識して、全責任を背負ってそれを引き受ける。彼らがこのクラブにどれだけ貢献しているかをサポーターに少しでも伝えるため、絶え間ない努力を約束し、保証する。」

 

「人生とは進化し、成長し、成熟するために、必要な挫折から学ぶことだ。 私が自分の本質を維持していることは明確で、今回のようなチャンスを得るためにある時2部リーグの監督を務めた。監督という仕事はリュックサックを背負い、多くのツールを持っていなければならない。 進むにつれて、それをさらに追加する。 今日自分はこのようなプロジェクトによって生み出された期待に応える準備ができていると感じている。会長は副社長の姿を非常に重要視されており、副社長のような人物から出来るだけ多くの知識を吸収できないとしたら、自分は非常に愚か者だろう。 そして自分は熱心で毎日学びたいので、私は奥さんよりも彼に多くの問題を与えるつもりだとすでに警告した。」

 

 

「我々全員がこの場にいるユースアカデミーにおいて、PUMASの新監督に就任するをチャンスを得たが、今回今まで以上にその施設を知る機会において、その成長ぶりに非常に驚かされた。ここでサッカー選手として、また1人間としてのトレーニングを受けたので、このクラブのことを完全に理解している。期待に応えられるよう、全身全霊で挑む。コーチ陣は形になりつつあるが、まだ最終分析している最中だ。」

 

「クラブの歴史がそれを要求するので、PUMASは常に主役でなければならない。目標を達成出来るように、出来るだけ多くのツールを選手たちへ提供することは、我々次第だ。常にこのクラブの基本的な柱の1つであるユースアカデミーと共に、競争力のある一流のチームを構築するための原石が存在すると確信している。」

 

 

「もし彼らが若い監督として自分にチャンスを与えてくれるとしたら、それは不自然なことだろう。そして今日、若手選手たちを監督する機会を得た自分は、彼らにチャンスを与えないようなことは決してしない。このプロジェクトの基本的な柱の 1 つは、若手選手たちに力を与え、チャンスを与えることだ。アンダー20チームがリーグ優勝を果たしたことは偶然ではなく、並外れた努力によって獲得されたので、彼らの中には非常に優れた人材も存在する。」

 

「我が家に戻ることは、最高の気分だ。自分の人生の長い間をこのクラブに捧げたので、懐かしい気持ちにさせられる。サッカー選手としてクラブが与えてくれたもの全てに対して応えられなかったので、クラブに対して借りがあると感じている。自分に対して教えてくれたことは、このクラブでは如何なる状況においても諦めてはいけないということだ。そうすれば結果が出る場合もあるし、出ない場合もある、それが試合だ。 しかし諦めることは許されない。」

 

 

「選手たちとの関係は、自分にとって比較的安易だった。なぜなら、私は自分の前にいるという基本的な前提から始めているからだ。 チームの利益は常に個人の利益の上にあり、チームはその名前が何であれ、どんな人よりも上にある。 そこから選手たちと直接話し、準備が出来ていること、進化を求めていること、間違いを認め、フィードバックを提供し、毎日成長することにオープンであることを示すことから、選手たちとの関係は非常に簡単になる。 誰かが満足しない、または同意しない決定があるだろう。 しかしながら全てのことに根拠と理由があり、明確かつ正面からの説明があると、選手たちとの関係は安易になる。」

 

「私はこれまでも、そしてこれからも全ての意見を尊重する。 人々は自分の意見を表明し、自分が正しいと考える判断を下す権利を持っている。 このようなクラブが要求する高い要求を理解しており、絶え間ない仕事を保証すると表明したのはそのためだ。 彼らの期待に応え、喜びで満たすために、身も心も捧げようとしている。チームが尊厳を持って彼らを代表し『あのチームは、サポーターとしての自分が持つ期待に応えてくれる。戦うことを止めず、主役になろうとしてゴールを目指している』と言って貰えることを約束する。サポーターが誇りと満足を感じられるものを構築出来る。 そしてこの監督という職業がそれを要求するので、結果が付いて来なければならないだろう。」

 

*1:

ラファエル・プエンテ・デル・リオ

1979年1月31日生まれ(43歳)

サッカー選手

サッカー コラムニストで元メキシコ代表のゴールキーパー:ラファエル プエンテの息子として、メキシコシティで生まれ育つ。13歳のときからPUMASの下部組織で8年間過ごし、メキシコのユースチームにも召集され、ラファエル・マルケスやヘラルド・トラードなどの選手とプレーした。メキシコ3部リーグで主将を務めた後、TOPチーム入りするも試合には出場することなく、アトランテFCへ移籍。2003年2月23日の対チアパスFC戦(5-1)でメキシコサッカー1部リーグデビューしたが、この1試合のみでクルブ・ネカクサへ移籍。半年後試合に出場することなく、弱冠25歳で選手としてのキャリアを終えた。

俳優

テレビサ(メキシコ、そしてスペイン語圏最大のテレビ局。メキシコシティに本拠を置く)のドラマ「郵便番号(2006 年 5 月 22 日~2007 年」で俳優としてデビュー。また「女性の言葉(2007~2008年)」にも出演した。

首脳陣

2014年5月6日CDグアダラハラの最高執行責任者(COO)に就任。しかし10月には解任された。

米国とメキシコのESPNスポーツのアナリストおよびコメンテーターとして携わった。

監督

2016年10月5日、メキシコ2部リーグのロボス・デ・ラ・BUAPの監督に就任。2017年後期ステージで1部昇格。2018年前期ステージで1部リーグを率いたが、4月2日に解任。5月11日にケレタロFCの監督に就任。リギージャ(プレーオフ)準々決勝進出。2019年2月17日に解任。2020年1月30日にCFアトラスの監督に就任。8月10日に解任。