Pumas de la UNAM

メキシコサッカー1部リーグのクラブ・ウニベルシダ・ナシオナルを応援している日本人の備忘録

ここ数年のPUMAS監督について

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※リカルド・フェレッティ前PUMAS監督(現メキシコA代表・臨時監督)

 

自分が前回メキシコに来たのが、2012年11月。PUMASの試合をテレビでよく見るようになったのが、2013年後期ステージでした。このリギージャ(プレーオフ)準々決勝でクラブ・アメリカに負けてから、続く前期ステージは全17節で勝ち星が第12節アウェイでのCFモンテレイ戦のみという、暗黒時代に突入しました。

 

2013年後期ステージにチームを率いていたのが、ファン・アントニオ・トーレ・セルヴィン。そして2013年前期ステージ第9節から翌年の2014年前期ステージ第5節までがホセ・ルイス・トレホ。そして2014年前期ステージ第6節より最後にリーグ優勝した2011年後期ステージに率いていたギジェルモ・ヴァスケス監督に変わり、2015年後期ステージにようやくリギージャ(プレーオフ)決勝戦までたどり着くようなチームに生まれ変わりました。残念ながら、自分はその前に日本へ帰国。インターネットにしがみついて見ていたのをよく覚えております。

 

そのギジェルモ監督も、2016年後期ステージで退任。そこで引き継いだのが、フランシスコ・パレンシアでした。しかしながらパレンシア政権も長続きはせず、2016年前期ステージから2017年前期ステージ第6節までで解任。その後第7節から第12節までをセルヒオ・エヘアが臨時監督となり、現在のダヴィッド・パティーニョ監督が2017年前期ステージ第13節から今まで指揮を執っております。

 

それでは、ここまでにPUMASの監督を努めた人たちの現役時代と監督時代のキャリアを見ていきましょう。

 

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まずは、ファン・アントニオ・トーレ・セルヴィン。1988年に下部組織からPUMASでプロデビューして、1994年までに146試合11ゴール。1991年に、クラブ3度目のリーグ優勝。主にディフェンダーかミッドフィルダーをしていたのを、一番最初にメキシコへ来たときに見たのを覚えています。その後CFパチューカ、サントス・ラグーナ、CDグアダラハラを転々とし、2009年より監督へ転身。上記のようにPUMASを指揮した後は特にキャリアが無いことから、あまり監督業には向いていなかったのかも知れません。

 

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次にホセ・ルイス・トレホ。彼は選手としてはデビューをしておらず、1998年に創立7年という若かったトロス・ネサFCという現在メキシコ3部リーグの監督に就任。その後クルス・アスル、CFパチューカ、UANLティグレス、クルブ・ネカクサなどの監督を歴任し、2013年前期ステージに11チーム目のPUMASに監督として就任。わずか1シーズンで解任されました。そういう意味では、彼もあまり優秀な監督であったとは言い難いものがあります。

 

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そして、ギジェルモ・ヴァスケス監督。1984年に下部組織からPUMASでプロデビューして、1990年まで主にミッドフィルダーとして活躍。その後CFモンテレイやパチューカFCというクラブへ移籍。監督としては、2006年にリカルド・フェレッティ監督(現メキシコA代表・臨時監督)のアシスタントコーチとしてデビュー。2009年後期ステージに、6度目のリーグ優勝を経験。2010年に、そのトゥッカより指揮権を委譲され、監督デビュー。翌年2011年後期ステージに、7回目のリーグ優勝をPUMASにもたらしました。2012年後期ステージに一度その座を退きましたが、2014年前期ステージに再び就任。どん底であったチームを見事に立て直し、2015年後期ステージにリーグ準優勝まで導きました。その後は、先日までCDティブロネス・ロホス・デ・ラ・ベラクルスの監督をしておりました。

 

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その後にチームを引き継いだのが、フランシスコ・パレンシア。彼はPUMASの選手及び監督としては珍しくクルス・アスルの下部組織出身で、1994年にプロデビュー。自分は1995年に一度日本へ帰国したため、あまり記憶には残っていません。2001年にはリーガエスパニョーラのRCDエスパニョールに移籍。2003年に帰国すると、CDグアダラハラへ移籍。そして、2007年にPUMASへたどり着きました。選手生活最後のシーズン、2011年後期ステージに前述のギジェルモ監督のもとリーグ優勝をし、有終の美を飾って引退。全630試合で計168得点という、生粋のストライカーでした。PUMASの監督として2016年前期ステージにデビューするも、現在ではロボス・デ・ラ・BUAPの監督をしております。

 

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続いて2017年前期ステージ第7節から第12節まで臨時監督であった、セルヒオ・エヘア。このアルゼンチン人は選手としては華々しい活躍をしておらず、スペインにおいて小さなクラブチームから監督デビューをし、2001~2005年にPUMASの副監督に就任。その後再びスペインに戻り、レアル・オビエドの監督をした後に2017年にPUMASの臨時監督を努め、そのまま引退というキャリアでした。

 

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最後にそのエヘアの後を引き継ぎ、現監督をしているのがダヴィッド・パティーニョ。1986年に下部組織からPUMASでプロデビューして、1993年まで主にフォワードとして活躍。1991年に、クラブ3度目のリーグ優勝。その後CFモンテレイやCFパチューカに移籍し、13年間に76ゴールを記録。当然、一番最初にメキシコへ来たときに見たのを覚えています。1993~1996年には、メキシコA代表にも招集されました。監督デビューは、2007年にモナルカス・モレリア。その後PUMASのユースの監督をしながら、ギジェルモ・ヴァスケス監督の補佐役などをした後、2017年前期ステージ第13節にPUMASのTOPチーム監督に就任。現在に至ります。

 

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※上段・左端が、ファン・アントニオ・トーレ・セルヴィン。下段・中央が、ダヴィッド・パティーニョ。

 

こうして振り返って見ると近年優秀な監督であったのは、2009年後期ステージに、6度目のリーグ優勝をしたリカルド・フェレッティ。その采配ぶりを目の当たりにし、2015年後期ステージにリーグ準優勝をしたギジェルモ・ヴァスケス。さらには、その補佐役をしていたダヴィッド・パティーニョなのではないかと思います。

 

結論を言うと、ここ最近ダヴィッド・パティーニョ監督の進退論が騒がれますが、前述のファン・アントニオ・トーレ・セルヴィン、ホセ・ルイス・トレホやフランシスコ・パレンシアとは違って、まずは現役時代にPUMASの選手としてリーグ優勝を経験していたり、その後も優秀な監督のもとで補佐役をしていたりもしくはユースチームを率いていた経緯を考えると、それでは他にまともな監督候補がいるのか?というと『いない』ということです。選手たちのインタビューや、ユース時代から彼らを見て育てている手腕を見ていると、3人の前監督らとはひと味もふた味も違います。また辛抱強く起用し続けた後に、成長し独り立ちした選手たちの姿を見ると、なるほどと言わせる何かがあるということです。