Pumas de la UNAM

メキシコサッカー1部リーグのクラブ・ウニベルシダ・ナシオナルを応援している日本人の備忘録

PUMASのユースアカデミーで育った選手たち

f:id:ClaudioSuarez:20180808072400j:plain

 

f:id:ClaudioSuarez:20180808071817j:plain

◆ウーゴ・サンチェス
メキシコサッカーにおける史上最高のストライカー。1976年デビュー、5シーズン計104得点。2度のリーグ優勝に貢献。1980年代後半のレアル・マドリードの中心選手で、リーガ・エスパニョーラで5度の得点王に輝いた。リーガでの総得点は234得点。

 

f:id:ClaudioSuarez:20180809010737j:plain

◆ルイス・ガルシア
PUMASの歴史上、トップ10にランキングされるストライカー。1986年デビュー、5シーズン計195試合75得点。1992年にはスペインへと渡り、アトレティコ・マドリードやレアル・ソシエダにも所属。メキシコ代表としては77試合に出場し、29得点。2度のFIFAワールドカップなど多くの大会に出場し、1990年代のメキシコ代表にとって重要な選手であった。

 

f:id:ClaudioSuarez:20181016060950j:plain

◆ホルヘ・カンポス
ユニークであると同時に壮大なスケールを持つ選手で、ゴールキーパーとしてキャリアの大きな部分を果たすも、彼はまたストライカーであった。1988年デビュー、キーパーと兼任しながらチーム最多となる14得点を挙げた。3度のFIFAワールドカップに出場した以外に、1999年自国開催のFIFAコンフェデレーションズカップで大会MVP︰ロナウジーニョを擁するブラジル相手に4-3で初優勝を飾った。

 

f:id:ClaudioSuarez:20180808071847j:plain

◆マヌエル・ネグレテ
マヌエル・ネグレテは、欧州サッカーに参加したメキシコ人選手の1人。1976年デビュー、10年後にポルトガルのスポルティングCPでプレー。その後、メキシコへ戻り再びPUMASへ。メキシコ代表としても活躍し、2018年にはW杯史上最も美しいゴールとして1986年自国開催のFIFAワールドカップにおける決勝リーグ初戦︰ブルガリア戦で決めたボレーシュートが選ばれた。

 

f:id:ClaudioSuarez:20180808072037j:plain

◆クラウディオ・スアレス
『皇帝(彼のニックネーム)』はメキシコ人ディフェンダー史上、最高の1人とみなされている。1988年デビュー、8年間在籍し、計204試合出場。メキシコ代表における最多出場記録保持者であり、1992年から2006年の間に178試合出場。3度のFIFAワールドカップ、4度のFIFAコンフェデレーションズカップ、5度のコパ・アメリカにそれぞれ出場した。

 

f:id:ClaudioSuarez:20180808072157j:plain


◆アルベルト・ガルシア・アスペ
現代メキシコサッカーの申し子。1984年デビュー、7年間在籍して180試合︰40得点を記録。最後のシーズンは、リーグ優勝を果たした。1995年には、アルゼンチン1部リーグの強豪︰CAリーベル・プレートへレンタル移籍。メキシコ代表として3大会連続でFIFAワールドカップに出場し、すべて決勝リーグへ進出した。2度のFIFAコンフェデレーションズカップ、4度のコパ・アメリカにそれぞれ出場した。

 

f:id:ClaudioSuarez:20180808072221j:plain

◆エクトル・モレノ
ユースアカデミー史上、近年最後の宝石の1つ。2005年アンダー17ワールドカップの優勝メンバーで、将来のメキシコのCBを背負って立つ男といわれていた。その後、TOPチームデビュー。3シーズンプレーをした後、オランダ1部リーグのPSVアイントホーフェン、イタリアセリエAのASローマ、今年からスペイン1部リーグのレアル・ソシエダへ移籍。

 

f:id:ClaudioSuarez:20180809024057j:plain

◆ミゲル・エスパーニャ
1983年デビュー、1995年までプレー。1990年にリーグ優勝。1984年から10年間メキシコ代表として、81試合出場2得点。1986年の自国開催FIFAワールドカップと1993年に準優勝したコパ・アメリカにも出場した。