Pumas de la UNAM

メキシコサッカー1部リーグのクラブ・ウニベルシダ・ナシオナルを応援している日本人の備忘録

私がPUMASに再び恋をした瞬間

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1992年2月から1995年9月まで20代前半を過ごし、以前から好きだったサッカーを現地で観戦しているうちにすっかりメキシコリーグの虜となり、一度日本へ帰国したもののどうしてもまたメキシコで生活したい、サッカーを観戦したいとの思いで2013年4月から再びメキシコへ戻り2年半生活をした時のことです。

 

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それまでにPUMASのリーグ優勝(2004年前後期ステージ、2009年後期ステージ、2011年後期ステージ)をした際には一切情報にも触れず、その歴史すら知らないままメキシコへ戻った2013年5月に、以前馴染み親しんだPUMASのことが気になってつけたテレビ放送で、メキシコリーグ後期プレーオフ・準々決勝2ndレグのアステカ・スタジアムにおける試合が流れました。

 

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当時クラブ・アメリカには、クリスティアン・ロヘリオ・ベニテスという3シーズンで174試合103得点をマークした、プレミアリーグ帰りのエクアドル代表フォワードがいました。絶対的なチームにおけるゴールゲッターでこのシーズンにリーグ優勝した後、カタール1部リーグのアル・ドゥハイルSCへ移籍。7月29日、腹部に強い痛みを感じたためにドーハの病院に入院し、すぐには医師の診察を受けず、その数時間後に呼吸不全に陥ったあげく心停止につながる合併症を起こし、27歳で死去してしまいました。

 

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レギュラーシーズンの総合順位表・第7位でリギージャ(プレーオフ)進出したPUMASは、準々決勝で第2位のクラブ・アメリカと対戦。1stレグをオリンピック・スタジアムで行い、現在プレミアリーグのウォルヴァーハンプトン・ワンダラーズでプレーをしているメキシコ代表フォワード:ラウール・アロンソ・ヒメネスによるゴールで0-1と敗れ、迎えた2ndレグ。アウェイゴールを喫しているPUMASは、少なくとも2-0で勝たないと準決勝進出が出来ません。

 

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そういう背景で行われた試合の前半21分、ペナルティーエリア中央外にいたヘウ・チアパスが胸トラップで落としたボールをロビン・アリエル・ラミレスがダイレクトボレーで合わせたシュートが見事ゴール左隅に突き刺さり、アウェイのPUMASが先制したのです。この瞬間、私はクラブ・アメリカを倒して準決勝へ行ける!と錯覚し、全身に鳥肌が立ったと同時に、改めてPUMASは凄いチームなんだなと勘違いをしたのが、現在まで応援をしているきっかけです。

 

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それ以前にメキシコで3年間生活した時には、マリー叔母さんに誘われてオリンピック・スタジアムで試合観戦をした後、スタジアムの裏手にあった森に囲まれた公園でバーベキューをしたり、サッカーボールを蹴ったりした思い出がありました。当時は1992年にリーグ優勝したばかりで、メキシコ代表はPUMASの下部組織出身選手が中心でした。優勝メンバーは海外へ移籍したり、他チームへ移籍したりしましたが、下部組織出身選手を中心にして、少なくともホームゲームで負けるようなサッカーはしていませんでした。


その当時から私のことを知る方々は「あれ?当時はそれほどPUMASに夢中じゃなかったよね?」とか「そんなに頻繁にオリンピック・スタジアムへ観戦していなかったよね?」と口をそろえて言われます。自分ではもう20年以上前のことなので当時のことをハッキリ覚えていないのですが、言われてみれば確かにそうだったかな?と思います。何よりもその当時もしくは最近の黄金期を知らないだけに、一度でいいからリーグ優勝をする瞬間を体感したいと思うようになったというのが、正しいところかな?と思います。

 

ちょうどいいタイミングなので、この瞬間からPUMASが8度目のリーグ優勝に最も近づいた2015年前期ステージまでのチームの変遷を振り返っていきたいと思います。というのもPUMASはこの後クラブ史上どん底の成績を収め、そこから這い上がってレギュラーシーズン首位を走ってリギージャ(プレーオフ)決勝まで勝ち上がれるようになったのは何故か?今のクラブもそこまで落ちぶれてはいないものの、これで2シーズン連続でリギージャ(プレーオフ)進出を逃し、展開しているサッカーの内容は似たようなものであるからです。

 

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ロビン・アリエル・ラミレス(センターフォワード)

身長:171cm 体重:70kg

1989年11月11日生まれ(30歳)

デビュー:2009年

国籍:パラグアイ

タイトル:2014年コロンビア・スーパーリーグ(デポルティーボ・カリ)、2018年コロンビア1部リーグ前期ステージ(デポルテス・トリマ)


2009、2011年クラブ・リベルタ(パラグアイ)、2010~2011年クラブ・ルビオ・ニュ(パラグアイ)、2012、2015、2018年デポルテス・トリマ(コロンビア)、2012~2013年~PUMAS、2014年デポルティーボ・カリ(コロンビア)、2016年クラブ・ナシオナル (パラグアイ)、2016~2017年アトレティコ・デ・ラファエラ(アルゼンチン)、2017年デポルティーボ・パスト(コロンビア)、2019年~リーベル・プレート(現パラグアイ2部リーグ)

各世代のパラグアイ代表を経験し、2011年よりA代表へ。生涯通算296試合77得点。